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僕にとって美容師は天職!「√5との出会い」

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『僕にとって美容師は天職』そう思うようになったのは最近のことだが、

実家の家業が美容室で小さな頃はお店が遊び場で調子にのっているとよく父親の鉄拳が飛んできたり、

お店で髪をキレイにするお客様を目にすることは日常のことで逆に美容という仕事は気にも留めていなかった、

高校3年の進路を決めるギリギリまで、美容とは全く関係のない進路に進もうとしていた。

美容師の息子だからといってとくに家業を継がなければいけないということまでは強制はされていなかった、

「好きなようにしなさい」と母からは言われていたが、父は内心かなり落ち込んでいた様子は感じていた。

そんなある日、部屋にあった真っ白で分厚くて異様なオーラを放つ「√5」と書かれた美容の専門書が

目に止まり、手にとって開いてみた。勉強熱心な両親のおかげもあって家には無数の美容専門誌がところ狭しに

置いてあってそれを暇な時はペラペラっとめくって暇をつぶしていたのだが、

この「√5」を開いたときだけはこれまでの、それとは全くちがって、完全に時間が止まって瞳孔がパックリ開いて

僕の中にあったそれまでの美容という世界観がガラリとかわり、その後すぐに美容師になることを決めた。

僕にとっての「√5」
なにかしら人には、憧れの人や、影響を受けた人が心の中にはいると思う。僕にとってその人とは「√5」の著者であり

尊敬する美容師のうちの一人である植村隆博氏だった。

植村氏は16歳で美容師の道を選び、

20歳でロンドンへ渡りヴィダル・サスーンに入門、

ロンドンでの活動の中「DADA」という

クリエイティブ集団を結成する。

1995年若干25歳日本人としては異例の

ヴィダル・サスーンのアートディレクターに任命され、

97年に日本へ帰国する。帰国後、東京・青山で

「DADA」(現DADA cuBic)をオープンし、

数学的に計算され完璧を追い求めた植村氏のヘアカットは

当時の日本の美容業界にセンセーションを起こし、

時が経っても古さを感じさせず今もそのメソッドは

踏襲されている。

そんな植村氏のカット技法の髄が詰め込まれた技法書

それが「√5」だった。

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「√5」はまるで高度な医学書の様な内容でもあり、建築の設計図の様な内容でもあり、
当時その内容のほとんどすべては意味が全くわからなかったが、人の頭と髪に無限のデザインの可能性
を見出しそこにかける植村氏の情熱の熱さははっきりと感じた。

それはただ「カッコイイ」という感情でしかなかったが

なかなか進路を決めあぐねていた僕を確実にこの世界へと導いた1冊になった。
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自分もこんな風に髪を切れるようになりたいと強く思っていた専門学生時代。

上京してからも、専門学生のレベルでは到底理解ができないのレベルの内容ではあったが、

両親から譲ってもらった「√5」をまるで聖書のように大事にしていた。
今も自分のロッカーの中にはこの「√5」が大切にしまってある。

紺谷尚弘

Kontani Naohiro

Stylist . Colorlist
August.06.2015
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