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僕にとって美容師は天職!「崖っぷち」

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僕が美容学生だった頃は、木村拓也と常磐貴子のドラマ「ビューティフルライフ」の影響やちょうどカリスマ美容師という言葉がよくテレビで言われていたりして、なりたい仕事ランキングのベスト3に美容師がランクインしていた時代、美容師を志す人が今と比べてかなり多く、就職活動も人気のあるサロンでは桁外れの高倍率で完全な美容業界の就職買い手市場だった。
そんななか専門学校に入学し東京で美容師人生のスタートを切り馴れない土地、馴れない一人の生活で数々のトラブルを若さと勢いだけでなんとかしていた。何もかもが無知だったが専門時代も植村氏の作品集やショーのDVDを何度も見たり、実際にお店に、お客として美容学生の分際で植村氏を指名で髪を切ってもらいに行ったりで、植村氏への想いDADAへの想いをさらに熱くしていた。
 
植村氏のもとで働きたい!DADAで働きたい!それしか頭になかった。

もちろんDADAに就職希望の美容学生は全国にあふれていてかなりの狭き門だということも承知していた。エントリーにはDADAオリジナルの専用履歴書が8枚と作品を提出というボリュームだった。

書類審査はパスしたが面接であっけなく落ちた。

合否はメールで簡潔に送られてくるというドライな感じで、その日の夜は呆然としていた。DADAに入るという思いが強すぎて、落ちた場合のことを全く考えていなかった。向かう道がぽかんと無くなって何も考えられず、残されていた専門学校生活も半年を切っていた。

心が弱くなって「もう富山に帰ろう」と負けそうになった時は「ゆず」の「くず星」という歌の歌詞を口ずさんでいた
『ここに次に戻る時は、その時は僕が負ける時なんだよと』

このフレーズで富山にはまだ戻りたくないと鼓舞した。まだ負けたわけでもないし、美容師にもなれていないのにもう帰ったらなんにも残らない。とにかく東京で就職しなきゃ!!

DADAしか知らなかった僕がやっと周りの世界を見渡せるようになった。

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就職活動をいちからやり直していた頃ひょんなことから「tricca」というお店の存在を知ることになる。triccaのトップである毛利代表が「kakimoto arms」から独立して代官山に出店し3年目で、まだ小さなサロンだったけどつねにお客様で満席で熱気が満ち溢れ、美容学生の頃によく読んでいた業界誌で特集ページに取り上げられたりと勢いのあるサロンだった。

やはりtriccaにも就職希望の専門学校生が殺到していて倍率は30倍にも膨れていた。

専門2年生の12月、就職活動の時期も終わりに差しかかり、ここで落ちれば後がない崖っぷちという気分だった。

面接を終え、自宅に合否の封筒が届いた。

「誠に残念ながら採用は見送らせていただきます」

という内容が目に飛び込んできて
 
 
 
「終わった、、、」

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これで富山に帰るのかと思うと虚しかった。どうせ駄目なら最後に土下座して

「無給でもいいから働かせてください!」

と頼み込もうかとも考えていた。

合否が届いた3日後にこの時の人事担当の赤土さんから着信が携帯に残っていた。授業の中休みにすかさず掛け直した。

「代表がもう一度話を聞きたい」

という電話だった。

まだ終わっていなかった。首の皮一枚なんとかつながっている感覚で毛利代表との最後の面接に赴いた。

最後の面接はお店の近くのカフェで毛利代表とトップカラーリストの小田さんと顔を合わせて行われた。

紺谷尚弘

Kontani Naohiro

Stylist . Colorlist
August.06.2015
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